自分のリズム

身勝手ノブコ。

先日も久々に声を聴きたくて、ノブコに電話。

案の定、一方的に、うどん屋トークが炸裂。

私はその人のこと知ってるんだっけ?と思ってしまうような、個人名が飛び交う。

「○○さんの気持ちも分かるわけ、でも●●ちゃんの話も聞いて見たわけ。」

この間、私はほとんど話す隙を与えないノブコ。

15分くらい話し続けてようやく我に返ったのか・・・。

「あら?うどん屋の話はこの辺でいいと思ってる?」

やっと、やっと気づいてくれた・・・。

「だ、だいぶ前から思ってるよ。」

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タンゴコンサート

敬老の日のプレゼントとしてタンゴコンサートに行ったわけだが、ノブコはその日、早朝シフトをこなしている。

朝4時起きで9時まで仕事をこなして、昼に家を出たらしい。

真似できない。

コンサートが始まると、初めは目を輝かせていたノブコも、穏やかな曲になると少し揺れ始めた。・・・寝てしまっても仕方ないかぁ。

でもコンサートが素晴らしかったので、すぐに持ち直して最後まで楽しんでいたようだ。

おばあちゃんもニコニコしていた。

84歳のおばあちゃんだけど、茨城から東京までタンゴを聞きに来れるのだから、元気なのだろう。でも久々にあったおばあちゃんはなんだかとても小さく見えた。

足元もおぼつかないし、記憶もあいまい、ぽやーっとしていた。

胸がキュキュンとしたが、私が出来ることは何でもしてやろうと思った。

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あったかい場所

私はずっと実家暮らしだったもんだから、結婚をして家を出るまで、家に帰らないことなんて高校の修学旅行か、短大の卒業旅行が最長だった。1週間以内。

リゾート地でのバイトをするときに、期間は確か2週間くらいだったんだけども、直前に家が大好きな私は出かけるのが嫌になってしまって、憂鬱な顔をしていた。

そこにノブコがやってきて

「日本だろうと海外だろうと、どこにいたって、あなたが本当にピンチのときはお母さんが飛んでいってあげるから、がんばってきなさい。」

と言ってくれた。

まー、バイト先はもちろん国内だし、関東だったんだけども。

なんかその一言ですごく勇気が出た。

こう考えると私はかなりの甘えん坊だ。

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なべやきうどん

先日、風邪で寝込んでしまった。

実家を出ているので、ノブコが恋しかった。

私は結構、風邪を引きやすいので、よく熱を出しては寝込んでいた。

そんなとき、ノブコは「なべやきうどん」を作ってくれるのだ。

ふかふかの布団を用意してくれて、お盆にのっている病人用の食事がなんだかとっても嬉しくもあった。甘えん坊な気持ちになった。

ま、今となっては自分で作るわけもなく、インスタントラーメンとかさらに体に悪そうなものを食べてしまうんだけどね。

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忘れられない朝日

ノブコは昔、新聞配達の仕事をしていた。

始めは私にも妹にも隠れて、寝静まってから出かけていたが、ある日、妹が夜中にトイレに起きた為に私にバレた。

「お母さんは?」という妹に、私も不安いっぱいで「大丈夫だよ」と言ったのを覚えてる。

そのあと、私にはなぜ働いているのかという説明がされた。

昼間は弟のことや妹のこともあるので、家を開けられない為、夜を選んでいるというような内容だったと思う。

でも夜中にノブコがいないというのは、私にはすごく心細いことでもあり、ノブコが無理をして倒れないだろうかという心配もあった。

そんな中、「お母さんはこの仕事してとっても綺麗な朝日を見ることが出来た」と、またスーパーポジティブな発言をしていた。

夏休みに私も連れて行ってくれた。

車でマンションまで運んで、各家に配るようなルートだったと思うけど、マンションから見る朝日が格別で感動した。

あれは夏だったけど、ノブコは冬も配り続けたわけで、まだ30代中ごろだったノブコの年齢に近づくにつれて、私にはそんな真似は出来ないだろうなとノブコの偉大さを思い知るばかりだ。

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弟のこと

今日は弟の命日だ。

もう20年以上も前の話になるけど、弟は小児ガンで1歳と少しでこの世を去ってしまった。

あの日、私はまだ6歳だったけど、はっきりとした記憶とおぼろげな記憶が入り混じってよみがえる。

真夜中、病院からの電話を受けたのは私だった。

その頃、ノブコは、私と妹が眠りについてから新聞配達のパートに出かけていたので、夜は家にいなかった。

父は弱い人だから、今考えると現実を直視できなくて、逃げ場を求めていたのだろう、ほとんど家には帰ってこなかった。

だから、あの日、病院からの電話に出るのは私しかいなかった。

なんとなくただ事ではないと分かった私は、とにかく母に連絡をつけてまた病院に電話させるようにするといって電話を切った。

胸の中がモヤモヤと不安でいっぱいになりながら、ノブコの職場へ電話を入れた。

伝えたくなかったが、とにかく知らせなくてはならなかった。

ノブコが一番知りたくない事実を私が繋ぐしかなかった。

それからのことはよく覚えていないが、妹と2人で病院の待合室にいた。大学病院の小児病棟には、健康な子供は入れないようになっていた。

もう通いなれた病院ではあったが、いつもと違う気持ちで妹の手を握っていた。

見知らぬお婆さんに「お見舞いですか?」と話しかけられたときに、少し考えてから「ハイ」と答えた。6歳の私の胸は、いろんな痛みでいっぱいだった。

雨が降っていたあの日、ノブコの胸に抱かれて弟がうちに帰ってきた。

ほとんど暮らすことの出来なかった我が家に。

お葬式ではノブコが泣き崩れる姿を初めて見た、父の真っ赤な目を初めて見た。

どうなってしまうんだろう・・・という恐怖に、わざと妹とふざけているしかなかった。

待ち望んだ男の子だった。両親の悲しみは計り知れなかった。不安続きの闘病生活も必ず治ると信じていたからこそがんばってきたのに。

私はノブコを悲しませてはいけない、強くならなきゃと心に決めた。

あの頃の気持ちを今もちゃんと持ち続けているだろうか?弟が私に教えてくれたたくさんのことを。

ノブコはどん底の悲しみを知っている人だから、とっても大きくて温かいのかもしれない。

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私の宝物

私の宝物のひとつにノブコが書いてくれた日記がある。

私を身ごもってから出産まで、ノブコの性格だから毎日書いてるわけではないのだけど、初めての出産に向けてのいろんな気持ちが素直に書かれている。

私がどれだけ望まれてこの世に誕生したか痛いほど分かる日記。

偶然、見つけて読んで号泣した。

こっそり抜き出して、今は私が保管している。

ま、誰でもそうだけど第一子には力が入るものだ。

妹にはないこのノートだけど、妹も勿論、ノブコの愛情たっぷりで産まれて来たことには間違いない。

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ノブコの名言(5)

先日、妹に会ったときに収穫したノブコネタ。

妹は最近、新しい職場で、新しい人間関係に悩んでいた。

まー、いろいろあるさなーと話を聞いていた。

そのことはノブコに話したの?なんだって?って聞くと、出ましたよ、ノブコの名言。

じっと妹の話を聞いていたノブコ。

そしてゆっくりと口を開く・・・。

「あんたぁ、第二段階に入ったわね」と遠い目でつぶやいたそうだ。

なんでも、職場で新しい人が入ってきたら初めはみんな様子伺いのために気を使ったり、優しくしたりする。

けれども、慣れてきたり、自分に脅威を感じる相手には、イヤな態度をとったり、以前とは態度を変えてたり。

つまり妹は優しくされる新入りの時代は終わって、すでに違うステージに来ているということらしい。

だから別にそれでおどおどすることなく、凛としていなさいというメッセージらしい。

さすがノブコ。

極妻の貫禄。

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スイカお化け

まだ幼かった頃の夏休み。

なんでだかは忘れたが、しょげていた時、ノブコがスイカ丸ごとひとつを豪快に半分に切った。

普通は更にカットして食べやすい大きさで出してくれるのだが、その日はドカンと半分のままテーブルに置かれた。

そしてスプーンを出してきて「ほら、このまま食べるのもちょっと楽しいじゃない」と言った。

確かになんだかとってもワクワクした気持ちになって、半分のスイカを妹とむしゃむしゃ食べた。

一度では全部食べ切れなかったが、最終的に綺麗に中身を食べたスイカで、スイカお化けを作った。

目や口をカットして。

中にろうそくを立てて、ノブコと妹と3人で日が暮れてから外に出してみた。

その頃にはすっかりしょげていた気分なんて飛んで行っていた。

おもちゃもたくさん持っていたけど、こういう手作りの遊びってとっても楽しいということをたくさん教えてもらったような気がする。

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娘への想い(2)

妹の高校受験のときの話だ。

私とノブコで妹を受験会場まで送って、試験の間、近くの神社までお参りに行った。

私の横で神様に祈るノブコは、妹の合格を願う母の顔だった。

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