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うちのおばあちゃん(1)

「おばあちゃん」

出来るだけ多く、そう呼びかけてあげたい。

おばあちゃんのことを「おばあちゃん」って呼べるのは、世界中探しても私と妹、従姉妹たちしかいない。実際のところ、会って、呼びかける距離にいるのは、私と妹、ふたりだけなのだから。

施設に入所して、はじめの1週間。

面会に行ったときには、私のことがわからなかった。初めてはっきりと私を認識していないと感じた。覚悟はしていたものの、ズドンッとくるものがあったし、一瞬ひるんだ。「ついに来たか」と思った。

大きなテーブルをぐるりと囲んで利用者さんたちが並べられていた。ほかの利用者さんの家族だと思われた私。

ゆっくりかがんで「おばあちゃんに会いに来たんだよ。」

そう言うと、おばあちゃん自身、とってもショックな表情を浮かべていた。私がわかってもらえなかったことよりも、そっちのほうが見ていて悲しかった。自分の記憶が掛けていく恐怖と言ったら、計り知れない。

他の利用者さん達も私に向かって「怖いよ、頭がおかしくなっちゃったよ、助けて」と話しかけてくる。高齢化社会、明らかに人は年老いていく、毎回考える、安らかに穏やかに、どうしたら支えてあげられるのだろう。

せめて私が関わる大切な人達に、最期は恐怖感だけで終わって欲しくない。

それから車椅子を押して、おばあちゃんの部屋に向かった。

ふたりになっても、この日のおばあちゃんは、少し様子がおかしかった。目を見るとわかる。やっぱり人間のパワーって目に出ると思う。「目が死んでる」とはよく言ったもんだ。言っていることがチグハグ。うわ言のようなものだったけど、ずっと聞いていた。おばあちゃんの声が聞けることも嬉しいことだから。意味が通じなくてもいいのだ。

環境が変わって、精神状態が乱れたのだと思う。一気に進んだように見える認知。リハビリの回数も病院と比べると減ったため、関節の動きも悪くなった。私の判断が間違っていたのか?と思ったが、在宅で看ることが出来ない以上、仕方のないことだと割り切るしかない。今、出来るベストを探すのみ。施設職員さんたちは、本当によくやってくれている。私の見えない過酷な部分も相当なものだと思う。ありがたい。

「考えたって仕方ない、そうやって生きてきたもの。」と言うおばあちゃん。なぜ自分がここに閉じ込められているのか分からないけど、諦めるしかないってことらしい。帰りの車で、悔しさで涙も出たけど、泣いてたって仕方ない。私が出来ることは泣くことじゃない。ほかにもっといっぱいあるはず。

今のおばあちゃんの意識は、波があるというか、私の中のイメージだと、円が、しぼんだり、広がったりしながら、確実にその円は小さくなっている感じ。最終的には、なくなってしまう覚悟もしている。クリアだったり、違う世界に行ってたり。例え体が丈夫でも、意識としては、黒い部分が広がっている。でも、全部含めて、私のおばあちゃんだ。

自慢のおばあちゃん。

いろんな時代を生き抜いて、歳を重ねて、心も体も年老いていくのは仕方がないこと。絶対的に尊敬すべきことだと教えてくれている。おばあちゃんがいなかったら、私は認知症という病気にも目を背けていたかもしれない。

沸いてくる感情は、愛情しかない。

そういう存在がいる私は幸せ者だと、心から思う。

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熱くなってきたので、おちゃめおばあちゃん編は、また明日☆

うぷぷぷー。


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